新年賀詞交換会
1997年1月3日

1997年・新年池田オンエア賀詞交歓会
年賀状の代わりに!NYPの局数稼ぎに!

0900/0950 0950/1040 1040/1130 1130/1200
21.355(SSB) 50.345(SSB) 144.345(SSB) 7.025(CW)


[イントロ]

毎年、五月山には、タヌキはいないが、EJCとLGJが移動運用を行い、オンエア賀詞交換会のキー局や賑やかしを担当していた。今年も、両名はそのつもりで計画しており、これにJI3DNN島武さんが加わり、賑やかに移動運用を楽しむはずであった。しかし年末から流行りだしたインフルエンザがEJCを襲い、高熱でダウン!その上に、当クラブの会長が、家族旅行の為、参加出来なくなる等、思わぬ出来事が、発生してしまった。

[その日の朝]

LGJは、QHQの車庫にある倉庫へ行き、一人発発やポールを運び出していた。天気予報の言っていた程ではないが、金属ポールは容赦なく手のひらの体温を吸い取る。「おーーーっ、さっぶぅ!」そこに、DNNの車が・・・「二人だけですかぁ」「まぁ、灯油コンロもあるし、行きましょう」ここで、忘れ物に気づいた。ぎょ!発電機はある。コードリールもACDC電源も、リグもマイクもある。しかし、ガソリンを入れるタンクがない。いつもは、EJCが持参するあのタンクがないのだ。困った。取りあえず灯油ポンプを探しにローソンへ。でもない。ここで、DNNが自宅に探しに行く事となり、別れる。別れてから、ガソリンメーターを見ると満タンではない。そこでガソスタを探す。これが、あいていない。とうとう173の川西市近く迄進む。そこで、満タンにして、ふと見るとエンジンオイルの缶がゴロゴロと。ちょうど4リッターくらいか。これに入れて、万事OKとなる。

[日の丸展望台の変化]

展望台に到着。ふと見ると、休憩所の手すり等の金属部がすべて塗装し直しされている。えらいきれいになったなぁ。逆に不安がよぎる。DNNさんと二人で、アンテナの組み立て及び設営作業を開始する。
144MHz:OOY寄贈GP(5/8*3段)
50MHz:2エレHB9CV

島武さんは、HB9CVを初めて見ると興味津々で見ていた。 ポールを上げる前に、SWRのチェックをする。やっぱりなぁ。 50MHzがSWR3となっている。久々に使用するとこれだもの。 同軸を替えても変化なし。次に位相反転用の平行フィーダーをチェック。 反転位置がかなり一方のエレメントに偏っている事を発見し、テストOK。

[オンエア賀詞交換会始まる]

9時前から、JA3FKKがQHQの代打としてキー局を勤める21MHz部門が開始された。LGJ、DNN、AIV、EQPと出るが、その後が続かない。 どうしたんだぁ。谷さんは?風邪ひいても自宅にいるEJCは。しかたなく、早々に09:15にQRTとなる。(寝坊するなよねぇ)

[VHFは]

09:50となって、LGJ担当の50MHz部門となる。これには、応答局も増えてきた。これでなきゃねぇ。UAD/3、AYU、LIZ、WED、A−FKK、ELH、AIV、DNNキー局含めて、9局。(電波伝播上)相性の悪い局があって苦労したが、10:30頃には一応終了。7エレでビームの強すぎるAYUさん、屋上まで走ってビーム方向を変えていただきありがとうございました。
10:40となって、144MHz部門の盛り上がりを期待したが、キー局予定のEJCが出てこないので、再度LGJがキー局となる。しかし、間違って多紀郡の局にコールされた以外は、50MHzからの移行可能組のみとなって、寂しかった。10:55にはQRT。WED、LIZ、AYU、A−FKK、LGJの以上5局のみ。7MHzCWでのトライをDNNに依頼するが、コールは、A−FKKのみとなった。(不慣れさもありましたが)

[その後の移動運用は]

結果的に、その後、LGJとDNNは、16時迄運用を行い、17時に撤収完了。その間に、JJ3APC高見君が来て、カップラーメンで昼食しました。DNNは、7MHz−CWにゆっくりとした味のあるキーイングでQRV。ただ混み合ったバンドに困惑して、局数伸びず。結局、撤収時に19QSOだった。そこで、ハンディで1局QSOして、なんとか20局となった。LGJは、7MHzのカブリに悩まされ、HF/50MHzへのQRVは、諦め144MHzのSSB/CW中心にQRV。結果として41QSOでした。

[総じて]

まぁ、新年のお手軽移動プラスアルファとして、まぁまぁの結果でしょうか・・・。ただ、2名でQRVする場合の、混信防止策を考えていく必要性を感じました。それから、いつもEJCに頼っている内容を、再度認識しなきゃ。

JE3LGJ